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販売人の形態変化
私が興味を抱いた論理は、アメリカは大量生産し大量流通するシステムを構築しただけではなく、そこからさらに販売というものに目を向け科学的に発展させていった結果、販売人の形態が次々と変わっていき、セールスマンが誕生したことである。
アメリカでは鉄道や電信の発展により、大量流通の時代へと突入していき、製造業者は商品回転率というものを重視し始めるようになった。
そこでまず活躍したのがペドラー(行商人)であった。ペドラーは製造企業から製品を仕入れ、直接消費者に販売するという役割を担っていた。
しかしペドラーは製造企業に雇われているものではないため、マニュアルや会社からの給料というものは存在しなかった。
そこでは自分がどれだけ売るかということがポイントであった。
そのためペドラーはなにか特技を身につけたり、買い手の信頼を得ようと何度も家に通ったりするなど個人の才覚を必要とされる仕事であった。
しかしペドラーは時に強引すぎる販売の仕方などにより詐欺師というレッテルを貼られることもあった。
ペドラーに続いて生まれたのが訪問販売員であった。
訪問販売員は例えば、出版業者から本を買い取り契約するのだが、ペドラー同様雇われているものではなく独立して活動をするひとであった。
したがって訪問販売員という立場は販売リスクを請け負っていたわけである。
しかしペドラーと比べて販売方法が精緻化されており、マニュアルの作成やサンプル本の積極的利用など製造業者からの販売インセンティブの提供がされていた。
この訪問販売員の誕生には、製造業者が小売以外の販売チャネルを確保するとともに小売の影響力を弱めようという思惑もあったのである。
そして次に生まれたのがドラマー(巡回販売員)である。
今までのペドラーや訪問販売員は消費者に直接販売していたのだがこのドラマーはゼネラルストアなど小売に対して商品を供給するという役割を持っていた。
また前の2つとは違い、大規模な卸売業者に雇われていたのであった。
さらに、ドラマーは「スーツケースを持ったナイト」と呼ばれるほどで、生粋のアメリカンしかなることができなかった。
当時ペドラーの53%が外国生まれだということを考えるとかなりエリートな職業であったことがわかる。
さて、このドラマーはなにをしていたのかというと、製造業者の製品を店に仕入れてもらうように小売店との継続的な取引を担っていたのである。
ちなみにペドラーや訪問販売員はあくまで1回きりの取引関係が主であった。
そのためドラマーは関係を継続的にするために新しい販売手法を確立した。
今までよりさらに信頼関係というものを重視して、ただ単に製品を販売するだけではなく時には店主と酒を酌み交わし、店の掃除や内装の装飾や商品の陳列を考えたりなどにも力を入れていた。
その結果ドラマーの評判は向上していき、20世紀初頭にはビジネスマン的な行動規範というものを確立するようになった。
1890年代ごろから製造業者がブランドなどを利用したりなどして自社の製品を選んでもらうように努力するようになったのだが、
ドラマーの場合、製造業者に勤めているわけではないのでその製品のブランドや、機械の魅力を十分に伝えることができなかった。
そこで自社製品の魅力を説明できるように製造業者が生み出したのが営業マンの存在であった。
企業はセールススクールを開講して訪問販売員の粘り強さとドラマーの継続的な信頼関係などの良い部分を持ち合わせるよう教育したり、
さらに細かいマニュアルを作成したり、販売数のノルマを設定しその分の賞金を提示したり、モチベーションの維持を重要視したり、
報告書作成を義務付けたり科学的な管理をすることで組織的な営業活動を確立していった。
その結果ドラマーからセールスマンへとシフトしていきどんどんセールスマンというものが普及していった。
このように科学的に販売するということを発展していき、流通システムを支える人が増えていったことにより、アメリカに現在も存在するような大企業が誕生していったのである。
現代へと当てはめ
ところで、現代ではインターネットが発展していき流通システムというものがさらに多様になってきている。
電化製品を買うときなど一昔前はヨドバシカメラやヤマダ電機といった家電量販店が主流であったが今はAmazonや楽天市場のような安くて、
レビューなどの機能もあり、家に配達してもらえるネット通販による家電の販売が主流になりつつあり、
ヨドバシカメラもオンラインショッピングという販売方法を導入していった一方、ヤマダ電機などはショール-ミングなどに悩まされて営業赤字転落などということもあった。
このように大型の家電量販店も苦労する時代にも関わらず未だに町の電気屋さんと呼ばれるような個人営業の店も多く見かける。
実際に私の親戚も京都を中心に電気屋さんとして営業展開している。
つまり町の電気屋さんの需要は衰えていないということだろう。
では、Amazonなどのネット通販のほうが安くて便利にもかかわらず、なぜ町の電気屋さんのような店を選び続ける人達がいるのだろうか。
これは先程の営業マンが誕生した論理を当てはめると答えが導き出されるだろう。
私は町の電気屋さんというものは製造業者や卸売業者に雇われているわけではないという点と、
小売に販売するわけではない(消費者に直接売っている)という点以外はドラマーやセールスマンと同じように、
販売だけに重視するのではなく、信頼関係を確立した上で継続的な取引関係を続けていくことをポイントに置いているのだと考える。
つまり町の電気屋さんは売ることだけを考えているのではなく、顧客自身の事を考え、
販売するときにもそれを考慮したり、アフターケアがしっかりしているということである。
私自身、高校生の時に部屋にエアコンを設置してもらったのだがそのときは町の電気屋さんというものでエアコンを購入した上で設置してもらった。
このような場合おそらく大多数の人はAmazonなどのネット通販という選択をすることはないと思われる。
町の電気屋さんの場合購入、設置後も故障したり調子が悪い時は相談すれば点検や修理してもらえるだろう。
その際なんのたわいもない世間話などでコミュニケーションを取ることもあるだろう。
もしもこのような場合にネット通販を選択した場合、まず自宅に製品が届いた時点で取引関係は終了ということもあるだろう。
また、初期不良や故障などでもいい対応をしてもらえるとは限らない。
商品レビューなどでも「初期不良のため連絡したのですがまったく対応してもらえなかった」とか「使い始めて数日で壊れた」などといった文を私もよく見かける。
ましては販売に関係のない話などする機会などほとんどないだろう。
他にも仲の良い「かかりつけ」の町の電気屋さんができたら、新しい商品を購入する際に相談して、製品の魅力などのアドバイスを参考にすることもあるだろう。
この時、町の電気屋さんはセールスマン的な振る舞いを消費者に対して行っているものである。
信頼のできる家電などの「専門家」のアドバイスはネット通販のレビュー投稿などよりもはるかに強い影響力を持っているだろう。
このように、町の電気屋さんが選ばれる理由は信頼を重要視して取引関係を築いて、ネット通販とはまた違ったセールスマンのような販売手法を確立していったからであると私は考える。
ネットに疎い人や繋がりや安心を求める人は町の電気屋さんを利用し続けるであろうし、そうでない人もどこかではそういったお店にお世話になっていることもあるだろう。
どれだけネット通販による家電販売が主流になっても、どれだけ価格が安くなろうとも、信頼関係というものを失わない限り、町の電気屋さんがなくなってしまう日が来ることはないと私は考える。
それはきっと他の業態のお店にも変わらず言えることであろう。